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大阪高等裁判所 昭和41年(う)1334号 判決 1966年12月09日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小松正次郎作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点(原審は不法に公訴を受理したとの主張)について

論旨は要するに、本件各訴因によると、被告人及び原審相被告人指宿が本件土地を事実上占有していたのか、法律上占有していたのか明示していなかったところ、この点について検察官は原審第二一回公判において、本件の占有は「事実上及び法律上の占有」である旨の釈明をしたが、その何れに帰着するのか不明であるし、会社の機関について横領罪が成立するためには「事実上の占有」がある場合に限られるのであるから、「事実上及び法律上の占有」というが如きは訴因不特定である、というのである。

しかしながら、横領罪の要件たる占有とは、財物に対する事実的又は法律的支配をいうのであって、事実的支配か法律的支配の何れか一方があれば足りるのであるが、占有の具体的態様によっては、その双方が併存することもありうるのであって、必ず何れか一方に帰着すべきものではなく、犯人が一般の自然人であると法人の機関であるとによって、その間に差異を生ずべきいわれはない。また所論のごとく、法人の機関の場合には事実的支配がなければならないと解すべき理由はない。そして横領罪の訴因としては、財物に対する事実的支配又は法律的支配の存在を示すに足る具体的事実を明示することを要することはもちろんであるが、所論のごとく、右具体的事実が事実上の占有にあたるか法律上の占有にあたるかという法律的評価の点までをも詳細に明示することを要するものではないと解する。ところで、記録によると、本件各訴因には、被告人吉野吉治郎は株式会社日本住地開発(以下、日本住地開発という)及び日本住地販売株式会社(以下、日本住地販売という)の各取締役会長、原審相被告人指宿修三は右両社会社の各代表取締役であって、日本住地開発は主として土地開発の施行をし、日本住地販売は主として右開発土地の販売を担当する契約のもとに両社相提携してその事業を運営するにあたり、被告人及び指宿はいずれもその業務の遂行に従事するものであるところ、(一)右日本住地開発が昭和三七年頃富士精工株式会社から同市灘区篠原字仲山字小屋場山等の山林合計一〇町七反一九歩を買受け、これの開発分譲を始め、その内右篠原字仲山一、〇三九番地の一七附近の土地合計一、二一五坪六合三勺を奥田智外一三名に分譲したところ、右土地が未だ奥田等に所有権移転登記されていない同三八年三月頃右土地を形式的に近畿日本土木株式会社(以下近畿日本土木という)に所有権移転し、その旨の登記をし、右奥田等のため引続き業務上管理中、同三八年六月二五日頃、右土地が登記簿上近畿日本土木の所有名義人であるのを奇貨として同社代表取締役上木正二郎と共謀のうえ擅に奥田等所有の右土地を株式会社東海銀行(以下、東海銀行という)に対し、三〇〇〇万円の債務に対する増担保として充当して横領し、(以上は昭和三九年三月二六日付起訴状の公訴事実)、(二)日本住地開発がさきに他から買受けた神戸市灘区篠原字前ヶ谷、同区八幡字炭山の土地約一万坪を昭和三六年暮頃から開発分譲を始め植中強一外五名に土地合計三四五坪二合七勺を売却分譲したうえ同人等のため業務上保管管理中、右土地が登記簿上未だ日本住地開発の所有名義であるのを奇貨として同三七年一一月二八日頃同会社が東海銀行から三、〇〇〇万円借用するに際し、擅に右土地をこれが担保に充当して横領したものである(以上は昭和三九年五月一六日付起訴状の公訴事実)旨明示されている。しかして、右明示されたところによると、右各訴因は、被告人及び指宿がいずれも日本住地開発及び日本住地販売の重職にあって、その業務の遂行に従事していたものであり、その職務上の地位に基づいて、登記簿上日本住地開発の所有名義になっている土地を自由に処分し、その登記手続をなしうる権限を有していたこと、従って、日本住地開発から他人に売却した土地であっても、登記簿上日本住地開発の所有名義のままになっているものについては、これをほしいままに他に処分し、その登記手続をすることが可能であったこと、また近畿日本土木に所有権移転登記をした土地についても、単に形式的に所有権を移転したというのであるから、実質的には所有権の移転はなく、従って近畿日本土木の代表取締役は日本住地開発の業務遂行者である被告人両名の指示があれば、異議なくその指示する登記手続に協力すべき関係にあることをいずれも表現せんとするものであることは容易に推理することができる。しかも、検察官は、原審第一回公判廷において、「公訴事実中『右土地を形式的に』とあるのは実質的に所有権は移転していないとの意味である」旨釈明し、さらに原審第三回公判廷において、「昭和三九年三月二六日付起訴状記載の公訴事実においては、該不動産の登記簿上の所有名義は近畿日本土木であるが、右は被告人等が上木正二郎と共謀して財産隠匿のため通謀虚偽表示により所有権移転の形式をとったものにすぎず、被告人両名はいつにてもその欲するところに従って、近畿日本土木の機関をして事実上自由に所有名義を指定の者に移転をなさしめ法律的処分をなしうる地位にあったのであり、同年五月一六日付起訴状の公訴事実においては、該不動産の登記簿上の所有名義は日本住地開発であるが、被告人等は同会社の機関として該不動産を処分しうる地位にあったものであり、従っていずれの場合も被告人等は各不動産を法律上占有していたものと考える。本件における領得行為の発現は、いずれも不動産を担保に提供したこと、すなわち抵当権設定契約をなしたうえ、抵当権設定登記をなしたことを指称する」と釈明しているのであるから、本件各訴因は検察官の釈明により一層明確化されたものといえるし、右各訴因に明示された事実によると被告人両名は本件各不動産に対し法律的支配力を有し、これを占有していたものと理解するに十分である。もっとも、検察官が原審第二一回公判廷において「本件の各占有は、本件不動産を事実上及び法律上支配していることを指称する」旨釈明していることは所論のとおりであるが、本件各訴因に明示された事実によると、被告人等は本件各不動産を法律上支配していたものと理解すべきであって、本件各訴因には被告人等が本件各不動産を事実上支配していたことを示すべき事実は何ら明示されていないのであるから、検察官の右釈明は誤である。しかしながら、訴因に明示された占有に関する具体的な事実を事実上の支配とみるか法律上の支配とみるかは、事実に対する法律的評価にすぎないから、検察官がこれを誤って釈明したとしても、それは単に法律上の見解を述べたものにすぎず、訴因の特定性に影響を及ぼすものではないと解する。そうすると、本件各訴因に明示された事実は、罪となるべき事実を特定するに十分であるから、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(事実誤認の主張)について

論旨は、(一)原判示(一)及び(二)の抵当権ないし根抵当権設定行為は、担保物件が売却されれば、その売買代金で東海銀行に対し貸付金の一部として返済し、その都度その部分の抵当権を抹消するという約定であったので、被告人に不法領得の意思がなかったものである。(二)法律上の占有は登記簿上の所有名義人だけにあるのに拘らず、本件各不動産の登記簿上の所有名義人は、日本住地開発ないし近畿日本土木であるし、殊に原判示二の土地については、近畿日本土木の代表取締役上木正二郎の承認がなければ、自由に処分することができないものであるから、被告人には本件各土地について事実上はもちろん法律上の占有もなかったものである。なお、会社の機関について横領罪が成立するためには、事実上の占有がなければならない。(三)被告人は原審相被告人指宿と共に、原判示一の土地に第二番抵当権を設定するに際し、社員大家行雄に造成宅地のうち、二番抵当権設定の許される土地を選び出すよう指示したところ、大家は更に部下の台帳係に命じて選び出させたため、台帳係が誤って売却済の土地を選び出したものであって、被告人としては大家が未だ売却されていない土地を選び出してきたものと信じていたものであるから、原判示一の事実については犯意がない、というのである。

しかしながら、原判決挙示の各証拠を総合すれば、原判示各事実はこれを優に肯認できる。以下、右の各所論について順次その理由を説示する。

(一)所論(一)について

なるほど、証人宮田一及び同新井陽三の原審公判廷における各証言によれば、被告人及び原審相被告人指宿が東海銀行に抵当権ないし根抵当権を設定した土地については、日本住地開発と東海銀行との間に、担保物件の一部が売却されたときは、その都度その売却代金を東海銀行に貸付金の一部支払として返済し、当該部分の抵当権ないし根抵当権を消滅させてゆくという合意がなされていることが認められることは所論のとおりである。しかしながら、横領罪における不法領得の意思とは、他人の物の占有者が、権限なくしてその物に対し所有者でなければできないような処分行為をする意思をいい、後に損害を回復しようとする意思の有無を問わないものと解するのが相当である。しかして、原判決挙示の各証拠によれば、原判示のごとく被告人及び指宿は、日本住地開発から原判示(一)及び(二)の各被害者に売却され、同人等の各所有に帰したが、未だ同人等に所有権移転登記手続のなされていない原判示各土地を同人等のために業務上管理中、ほしいままに日本住地開発の東海銀行に対する債務の担保としていずれも第二番順位の抵当権ないし根抵当権を設定し、その旨の登記をしたことが認められるところ、抵当権ないし根抵当権の設定及びその登記は、所有者でなければできない処分行為であることはもちろんであるから、被告人及び指宿において後日、右抵当権ないし根抵当権を消滅させる意思があったか否かについて判断するまでもなく、両名に不法領得の意思があったことを認めるに十分である。

(二)所論(二)について

しかしながら、横領罪の要件たる占有とは、財物に対する事実的又は法律的支配をいうものと解するところ、不動産の登記簿上の所有名義人が法人であって、所有名義人の機関として、その不動産について自由に法律上の処分をし、その登記手続をなしうる関係にある場合、もしくは、その所有名義は形式的仮装のものであって、その所有名義を移した者の要求があれば、所有名義人において何時でもその要求に従い、その指示する登記手続をなすべき関係にある場合には、その者はその不動産を第三者に対して法律上有効に処分しうる状態すなわち法律的に支配している状態にあるのであるから、横領罪の要件たる他人の物の占有者にあたるものと解するを相当とする。しかして、原判決挙示の各証拠によれば、原判示各事実はこれを認めるに十分であるところ(もっとも、被告人は原審公判廷において、原判示二の土地を近畿日本土木の所有名義にしたのは、日本住地開発が上木正勝から二、〇〇〇万円の融資を受けたので、その見返りとして右土地を他の土地とともに近畿日本土木に売渡し、実質的に所有権を移転したものである旨供述しているけれども、右供述は、証人上木正二郎の原審公判廷における供述記載、同人の検察官に対する供述調書、原審相被告人指宿の原審公判廷における供述記載、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書に照らし、信用できない)右認定の原判示各事実によると原判示各土地の所有権を原判示各被害者に移転した後もこれが移転登記手続をしなかったのであるから原判示一の土地については、被告人及び指宿は所有名義人である日本住地開発の機関として自由に法律上の処分をし、その登記手続をなしうる関係にあり、また原判示二の土地については近畿日本土木の登記簿上の所有名義は原判示の如き事情によるもので、形式的仮装のものであって、被告人及び指宿の要求があればいつでもその要求に従い、その指示する登記手続をなすべき関係にあることが認められる。従って、被告人及び指宿は原判示各土地に対し、引き続き法律的支配力を有し、これを占有していたものというべきである。なお、所論は、会社の機関について横領罪が成立するためには、事実上の占有がある場合に限るというのであるが、会社の機関についてそのような限定を設ける理由を見出すことができない(若し所論のように解すると本件は背任罪に該当することになり、個人の場合に比し著しく権衡を失することになる)から、右所論は採るをえない。

(三)所論(三)について

しかしながら、原判決挙示の各証拠、とくに被告人及び原審相被告人指宿の検察官に対する各供述調書、被告人の司法警察員に対する供述調書によれば、被告人及び指宿は、原判示一の日時頃、原判示一の各土地がすでに顧客に売り渡され、代金も受領ずみのものであることを知りながら、顧客に所有権移転登記をするまでに抵当権を消滅させればよいであろうと考えて右土地につき東海銀行に対し抵当権を設定したことが認められる。右認定に反し、所論にそう、証人大家行雄、被告人及び原審相被告人指宿の原審公判廷における各供述記載部分は、前記各証拠及び大家行雄の司法警察員に対する供述調書に照らし信用できない。

以上の理由により、各所論はいずれも採用することができずこの点の論旨も理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条、一八一条一項本文により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笠松義資 裁判官 佐古田英郎 裁判官 荒石利雄)

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